野生児のアウトドア

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山の○合目の意味ってきちんと説明出来ますか?

山に登ると1合目とか2合目など登るにつれて増えていく数字。

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どんな割合で数字が増えていくのか、どうして「合」という言葉を使用するのかを調べてまとめてみました。

 

まず、調べていて驚いたのが距離や標高などは関係がないという事、、、

 

えっでは何が基準で数字が割り振られているのでしょうか。

 

まずはそちらから解説していきたいと思います。

 

調べてみると「難易度」を示したものだという記述がありました。

一体どういう事かというと、基本的には1合目〜10合目までの10等分を難易度や要する時間に分けて振り分けていくのですが、初めの緩やかな登りですと1合の距離が長く、後半の体力が無くなって来た急登などのキツく感じる部分は1合同士の距離が短いようです。

 

確かに登っていて初めは1合目〜2合目は割と長い気がします。

しかしこの定義付けってかなり難しい気がしませんか?

 

一体どうやって決めているのでしょうか。

「合」の間隔の決め方

これって人によっても誤差はあるし、何より感覚に頼った定め方なので曖昧になりそうですよね。

 

場所によっては中腹の眺望の良い場所を8合目などに決めてから、あとは難易度を考慮し適当に割りあてている山もあるようです。

 

ポイントとしては「登山ルートの難易度」、「要する時間」、「休憩するポイント」の3つがあり昔からその山を歩いた登山者の感覚に頼ったものなので山々でかなり誤差はあるようです。

 

また難易度は後半に有るのか前半に有るのかでその時の体力の差で難易度は変わる様なので尚更難しいですね。

 

また10合目というのは実際には存在しないようで10合目=頂上と呼ぶのが正しいようです。

 

登山と言えば元々は山岳信仰が絡んでいますがこの○合目を設置したのは、自らの修行の目指す場所を目安としていたという説も有るようです。

 

その裏付けとなっているのが下記の「世界山岳百科事典」に記載されている下記の内容です。

 

一合(山麓)から始まって十合(山頂)で終わる合目は十界といわれる。一合目から順に地獄道、餓鬼道、畜生道修羅道修験道、五合目の人間道までを地界といい、これより上を天界として天道、声聞道、縁覚道、菩薩道、頂上を妙覚とし、十界曼陀羅を山にあらわして、ここで苦修練行をするのである。

『世界山岳百科事典』より 引用元:国立国会図書館

 

登っていても修行という感覚は登山をしている方なら分かるのではないでしょうか。

 

実際山に行くと登っている最中は己との対話の時間と言う感覚が僕には有ります。

 

辛いですし、帰りたいって思ってしまう時も正直有りますがその先に有る喜びや、目に飛び込む景色等辛いものを超えたからこそ得られるものも沢山有りますからね。

 

そもそも「合目」と言われる様になった初めての山が富士山との説があります。

 

さすが山岳信仰が厚い山!

しかしその富士山が今となっては合目のカウントが1番ややこしいのです。(諸説が多すぎる富士山の由来まとめ→コチラ)。

山小屋が多く存在しそれぞれの山小屋が○合目と名乗っている為に新7合目や元祖7合目などかなり困惑する割り振りとなってしまっています。

 

ただ、かなり稀ですが福島県に有る磐梯山の様に5合目までしかない山も存在します。

これには諸説有り、噴火を繰り返し標高が低くなった、富士山の約半分の標高等の説が有ります。

EPI(イーピーアイ) ウインドシールド ショート

風の強い山中で安定した火力を守ります。

「合」 という漢字が使われる様になった訳

 こちらに関しては色々と諸説があります。

 

お米の升説

「合」そのものが「10分の1の量」という意味をもつことから、登山の目安単位となったという説。

 

山伏説

山伏が酒一升をかついで富士山に登り、休んでは一合飲みを繰り返し、休んだ場所を一合目、二合目と呼ぶようになったという説。

 

山の形状説

山の形状が穀物を盛った形に似ていることから、穀物を計る単位『合』を用いたという説。

 

行灯(あんどん)説

昔は夜は行灯を頼りに登っており、その油が一合燃え尽きる道のりで区切ったことから「合」が使われるようになった説。

 

お米の目印説

道に迷わぬように、お米を播きながら登り、その1合分が無くなったところを一合目とした説。

 

出てくる出てくる諸説の山。

インフラが整っていない昔では人から人へ情報が伝わって行くので背びれ、尾びれが付いて話の内容が変わって行く事は良く有る事なのでこの諸説もそういった地域性もあるのだと思います。

 まとめ

やはり山の名前の由来と同じで山岳信仰が絡めば絡む程に諸説が多くなる傾向に有ります。

「合」の由来1つとっても結構な量の諸説が有り驚いてしまいました。

 

また今までは5合目まできたら距離的に半分は来たと認識していましたが、これからは違った見方で頂上までを登れると思います。

 

歴史がスピリチュアルなものから生まれているからこそ謎が多いですが、頭で分からなくても体で感じる部分も多いものだと思うので出来るだけ多くの山を登って様々なものや事を感じて行きたいと思います。