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「燧ヶ岳」の由来 〜尾瀬三郎物語ってなんだ!?〜

燧ヶ岳

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燧ヶ岳。

 

東北人の僕にとってはとても馴染みの深い山です。

 

残念ながら現時点では未だに登った事は無いのですが、今後登るであろう燧ヶ岳の由来を調べていきたいと思います。

 

まずは、基本的な山の情報です。

 

燧ヶ岳(ひうちがたけ)は福島県にある火山(約500年前に噴火したと見られています)で、山頂は南会津郡檜枝岐村に属します。また、尾瀬国立公園内にあり、至仏山(由来は以前のブログ記事より)とともに尾瀬を代表する山です。

 

東北地方の最高峰(2,356m)であり日本百名山に選定されています。

 

火口付近には柴安嵓(しばやすぐら、2,356m)、俎嵓(まないたぐら、2,346.0m)、ミノブチ岳、赤ナグレ岳、御池岳の5つのピークがあります。

 

東北の最高峰は有名な話ですが、燧ヶ岳は、2,300m以上の山として日本で最も北に位置するという事は意外と皆さん知らないかもしれませんね。

 

僕も知りませんでした(苦笑)

 燧ヶ岳の由来

色々と調べてみると記述がありました。

山名「ひうち」の由来は檜枝岐村から見ると、7月までガレ場にある残雪山頂部の形が火ばさみに似ているためとの事。

 

今までの山の由来の中であっさりと端的に解決してしまいました。

 

念のためもっと深堀してみます。

 

すると、石英の一種である火打ち石の石材が発掘されたことから付けられた山名とも有りました。

 

なるほど。

 

どちらも納得出来ますね。

 

ただ、東北で一番高い山が火ばさみを由来に称された一説がありますが、火ばさみが世に出る前は別名は無かったのでしょうか。

初の登頂自体は調べた所明治22年なのでその頃に命名されたのでしょうか。

しかし一番古い噴火は35万年前に起きてその火山が今の燧ヶ岳の土台を形成したと言われていますので何か引っかかります。

 

ん〜何か隠れた歴史がありそうですね。。。

 

尾瀬三郎物語」

色々と調べてみると「尾瀬三郎房利」という人物にたどり着きました。

この人物は『尾瀬ヶ原尾瀬沼』を最初に発見した人だとも言われており、新潟県魚沼市に昔々から伝わる、この土地では知らぬものがいない『尾瀬三郎物語』というものがあるらしいのです。

 

その内容が、奥只見ダム湖畔銀山平の高台に有る彼の像の看板に記載されています。

 

尾瀬三郎は、左大臣藤原経房【ふじわらのつねふさ】の次男で名を房利といい、二条天皇に若くして逝かれた皇妃をめ ぐって、平清盛と恋のさや当てを演じて、清盛の策謀により、 越後へ流された。

数名の従者を連れて湯ノ谷の山に分け入った三郎が、やがて道が険しくなり、馬から下りて歩き始めたところが、現在の湯之谷村の折立【おりたて】で、あまりの難路に、三郎一行が あたりの木々の枝を折々超えたのが、枝折峠(しおりとうげ)だと いう。

苦難の末に尾瀬にたどり着いた三郎は、燧ヶ岳【ひうちがたけ】山麓の岩窟を住処として、都への帰還を画策していたが志ならず尾瀬で果てた。

とあります。

※現在は看板が新設され、文章が若干修正されているようです。

 

これが事実だとすると尾瀬自体が人々に知られる事の無い手つかずの自然だった事が証明出来ますね。

 

山自体は古くから有ったが認知がされていなかった事から、「火ばさみ」もしくは「火打石の石材」から称される事も納得出来ます。

 

やはり山岳信仰が深い山とそうでない山では諸説の数や伝説の有無等、かなりの差がありますね!

 

しかしながら、自分できちんと納得出来るまで調べるとスッキリします!

 

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