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「武尊山」の由来 〜由来の前に思った読み方と違う〜

武尊山

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武尊山(ほたかやま)をご存知でしょうか。

日本百名山及び新・花の百名山に選定されている山で、群馬県利根郡みなかみ町川場村片品村の境にある標高2,158mの成層火山です。

北アルプス穂高岳と区別するため、上州武尊山とも称されています。

 

意外にも国立公園の尾瀬近くにある山でありながら、武尊山を訪れる人は比較的少なく、自然がよく残されている山です。

標高が2000m以上ある山で自然公園に指定されていないのは、日本で唯一武尊山だけだそうです

 

また、この山は修験道の山でだそうで、一昔前までは女人禁制、岩場、谷鎖場が有り、アプローチに標高差1000m以上のため、一般の人が登れる山でありませんでした。

今でも百名山巡りのハイカーや「六根清浄」を唱えながら登る白装束の集団が登ったりと信仰の山でもあります。

 

やはり百名山山岳信仰と結びつきが深いですね。

 

 武尊山の由来とは

格闘家で同じ漢字で「たける」という選手がいますが、こちらの読み方は「ほたかやま」よ読みます。

武尊山の「武尊」は、日本武尊のことだそうです。

 

では日本武尊とは何でしょうか?人物?風習?

という事でまずは調べてみました。

 

初めに見た時は恥ずかしながら「ニホンタケル」と呼んでしまいましたが、

あの有名な「ヤマトタケル」の事のようです。

記紀などに伝わる古代日本の皇族で、第12代景行天皇皇子であり、第14代仲哀天皇の父にあたります。

また、熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本古代史上の伝説的英雄です。

 

そんな英雄と山との関係は一体何なのか、、、

 

なぜ「ヤマトタケル」に由来するのに「ホタカヤマ」なのか、、、

気になりますね。

 

調べたので下記にまとめます!

 

元々は穂高見命(ホタカミノミコト)を祭る山であり、保鷹山もしくは穂高山と呼ばれていました。

 

景行40年10月、第12代景行天皇の命で東方征伐が行われ、その時にこの山を根城にしていた蝦夷(えみし)の一族(安曇族)が、通りすがりのついでに殺されてしまったのです。

 

その時の大和軍の御大将が日本武尊でした。

 

という由来と、、、

 

ヤマトタケルが東征の折、この山に登って村人たちを苦しめていた悪鬼を退治したという伝説が山名の由来になっているという説。

 

まさに日本の英雄という伝説と非情な人間性を感じさせる相反する説ですね。

 

しかも武尊山と呼ばれる様になったのは1000年も後、江戸時代になってからで、山麓に点在する約30の神社の名が「武尊」表記となったのは明治以降でだそうです。

 

謎のタイムラグ、、、いったい何故でしょうか?

 

 

ムムム、、、

なかなか有力な情報が見つかりませんでしたが、、、

 

もう一つ由来の説を発見しました。

 

北アルプス穂高と密接な関係から由来されるという説

この地に初めて土着したのは信州の安曇野にいた人々だったとの事。

移住地に近い岩峰を故郷の山と同じホタカと呼んで信仰の対象とし、その主神は本来は穂高見命であったそうです。

最初は保宝高とされていた山名でホウタカと呼ばれていたが、真田家の医者:鈴木法橋が日本武尊の武徳に感じ入り、山名を武尊と記したのが武尊山の由来とされている。

 

これはしっくりくる!

他の文面ではヤマトタケルの物語はこの山に登っていた修行僧が作ったものという文面を記している方もいたので山岳信仰の中で生まれた伝説なのかも知れません。

 

なんだか少しスッキリしました。

 

僕は後者の説を信じてみたいと思います。

 

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